過去の記憶活用ラボ

過去の心地よい記憶をたどる「五感ジャーナル」で、日々の幸せを再発見する方法

Tags: 五感, 記憶活用, ジャーナル, 心地よい暮らし, 自己肯定感

過去の心地よい記憶が持つ力

私たちは日々の生活の中で、様々な経験をしています。その中で、特に「感覚」と結びついた記憶は、驚くほど鮮明に残っていることがあります。例えば、雨上がりの地面の匂い、お気に入りの音楽を聴いた時の体の感覚、初めて食べた温かいスープの味。こうした五感を通して刻まれた心地よい記憶は、単なる過去の回想ではなく、今の私たちを支える静かな力となり得ます。

しかし、忙しさに追われる日々の中では、そうしたささやかな心地よい記憶を意識する機会は少ないかもしれません。過去の楽しかった出来事や成功体験は覚えているけれど、もっと日常的で感覚的な「心地よさ」の記憶は、心の奥深くにしまい込まれているように感じられる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

なぜ五感の記憶が大切なのか

私たちの脳と記憶は、五感と深く結びついています。特定の匂いや音を聞いた時に、瞬時に過去の情景や感情が蘇ることがあるのは、そのためです。心理学では、五感の中でも特に嗅覚が記憶や感情と強く結びついていることが知られています。これは、嗅覚情報が直接的に脳の扁桃体(感情に関わる部位)や海馬(記憶に関わる部位)に伝わるためです。

過去の心地よい五感の記憶を意図的に思い出すことは、単にノスタルジーに浸ることではありません。それは、その時感じた安心感、喜び、穏やかさといったポジティブな感情を、現在の自分の中にも呼び覚ます行為です。これにより、日々のストレスや漠然とした不安に静かに寄り添い、心のバランスを整える手助けとなる可能性があります。

「五感ジャーナル」のススメ

過去の心地よい五感の記憶を現在に活かす具体的な方法として、「五感ジャーナル」を始めることをおすすめします。これは、特別な道具や時間は必要ありません。ノートとペン、またはスマートフォンのメモ機能があればすぐに始められます。

五感ジャーナルの始め方

  1. 始める場所を決める: ノートや手帳、スマートフォンのメモアプリなど、書きやすいものを選びましょう。
  2. 時間を決める(目安): 毎日決まった時間でなくても構いません。寝る前や休憩時間など、心が少し落ち着いている時に数分間でも良いでしょう。
  3. テーマを決める(任意): 最初は特定の時期(子供の頃、若い頃、最近など)や場所(実家、旅先、お気に入りの場所など)から始めてみると、記憶を探しやすくなります。
  4. 五感に意識を向ける: 次の五つの感覚それぞれについて、心地よかった、または印象に残っている過去の記憶を探してみましょう。

    • 見る (視覚): 特定の景色、色、光景で心地よかったもの。(例: 夕焼けの色、雨上がりの虹、窓辺に飾った花、古い写真の色褪せた感じ)
    • 聞く (聴覚): 特定の音や音楽で心地よかったもの。(例: 雨の音、風の音、鳥のさえずり、昔よく聴いた音楽、大切な人の声)
    • 嗅ぐ (嗅覚): 特定の匂いで心地よかったもの。(例: 焚き火の匂い、おばあさんの家の匂い、雨上がりの土の匂い、昔使っていた石鹸の香り)
    • 味わう (味覚): 特定の食べ物や飲み物で心地よかったもの。(例: 子供の頃好きだったおやつ、旅行先で食べた特別なもの、疲れた時に飲んだ温かい飲み物)
    • 触れる (触覚): 特定のものに触れた時の感覚で心地よかったもの。(例: 猫の毛並み、お気に入りのブランケット、古い木の家具の感触、温かいお湯)
  5. 記憶と感覚を具体的に書き出す: 思い出した記憶について、「いつ」「どこで」「どんな状況で」「どの感覚(五感)が心地よかったか」「その時どんな気持ちだったか」をできるだけ具体的に書き出してみましょう。感覚を言葉にするのが難しければ、短い単語でも構いません。

    • 書き出し例:
      • 視覚: 小学校の帰り道、夏の夕焼けが空一面に広がっていた。自転車を止めてしばらく見上げていた。胸が温かくなった。
      • 嗅覚: 昔、母がよく焼いてくれたリンゴのタルトの匂い。甘酸っぱい香りがキッチンに満ちていて、安心できた。
      • 触覚: 祖母が編んでくれた毛糸のひざ掛け。ふかふかで肌触りが良く、これにくるまっているとどんな時も落ち着いた。
  6. 現在の自分への影響を考える: 書き出した記憶が、今の自分にどのような感情や気づきをもたらすか、少し立ち止まって考えてみましょう。その記憶が、現在の自分の心の状態にどう繋がっているか、何か新しい発見はないか。

実践を深めるヒントと事例

事例:五感ジャーナルで日常が少し豊かに

パートで働きながら家事をこなすAさん(40代後半)は、漠然とした疲労感と、何か満たされない感覚を抱えていました。ある時、「過去の記憶活用ラボ」の記事を読んで五感ジャーナルを始めました。初めはペンが進まなかったのですが、ふと子供の頃の雨の日の記憶が蘇りました。家の中で、雨音を聞きながら本を読んでいた時の、しっとりとした空気感と静けさ、そして安心感です。

この記憶をジャーナルに書き出した後、Aさんは意識して雨の日に窓を開け、雨音に耳を傾けるようになりました。また、部屋に静寂の時間を作るために、意識的にデジタル機器から離れる時間も作るようになりました。すると、以前より心が穏やかになり、日々の小さな出来事にも心地よさを感じやすくなったと言います。過去の感覚的な記憶が、現在の行動を変え、心の状態に良い影響を与えた例です。

まとめ

過去の心地よい五感の記憶は、私たちの心の奥底に眠る宝物です。「五感ジャーナル」という形でそれらを丁寧に掘り起こし、言葉にすることで、その時のポジティブな感情や感覚を現在の自分の中に呼び覚ますことができます。

これは、特別な何かを達成することではなく、自分自身の感覚と向き合い、日々の暮らしの中に隠された小さな幸せや穏やかさに気づくための静かな実践です。過去の心地よい記憶をたどる旅を通じて、現在の生活に温かさや活力を取り戻し、自分自身の心の声に耳を傾ける時間を大切にされてみてはいかがでしょうか。